資料から見る森林組合の歴史
当組合職員が祖父の遺品を整理して発見した物です。 この方は、昭和15年に戦争で「北支山西省特務機関」勤務後、中国「北支那開発会社山林部調査課」勤務を経て、昭和21年終戦により帰国。その後、昭和22年から長野県「泉野村森林組合」~「泉野町役場農林課林務係森林組合技術員」として勤務。茅野市役所農林課長を最後に退職された方です。 諏訪森林組合は、昭和59年に管内の6市町村が合併して発足する前にも、いくつもの小さな森林組合があったことが分かります。諏訪森林組合の歴史は古く、80年近くになります。 当時の森林組合職員は、行政職員が兼務していたことが分かりますね。また、辞令を見ると長野県森林組合連合会から直接発令されたことが驚きです。 しかし、給料「六百五拾圓」って、今では考えられない金額ですね。 おまけで、「民有林面積及産物調査心得」長野県森林組合連合会なるものがありました。 追補責任泉野村森林組合とは…1939年(昭和14年)森林法改正が行われ、「追補責任」制の森林組合の規定が設けられたことによるものでしょうか?